【国際基督教大学 教養学部アーツ・サイエンス学科進学】

「目標に向かって」 英語科  山口幸菜   2010年度卒
 私が国際基督教大学を受験しようと決めたのは、高校V年の六月頃でした。高校での三年間、自分の行いや結果に対して自分で満足する事が出来ない事も多くあり、私自身、進路決定にあたって大変悩みました。しかし、そんな時でも私は常に目標を持って、その目標に一歩でも近づきたいという気持ちだけは忘れないように心掛けてきました。悩む度に自分が本当にしたい事は何かを自分自身に問い掛け、時間が掛かってもその答えを自分で出すのです。悩んだ分だけ自分と向き合う時間も長くなり、自分自身を、また自分がどんな事を夢見ているのかを再確認する事が出来ました。私はこれを繰り返し、最終的にオープンキャンパスに行き、この大学を受験する事を決めました。自分の目で大学や授業の様子を見、雰囲気を味わう事で大学に対する思いがとても強くなり、行く前の「この大学で学びたい」という思いから「必ず行く」というように自分のモチベーションを上げる事が出来ました。


 その日から私はその思いを実現させるため、少々の我慢はもちろん、日々努力する事を自分に約束し、入試に必要な小論文に時間を掛けるようにしました。この大学の小論文は大変難しいと先生方から聞き、その時の自分の知識や時事問題等に対する考えが不足していると感じました。それから、家では毎日、新聞やニュースを見るようにし、学校では放課後三日に一度のペースで書いて帰る日々を送りました。先生方には熱心にご指導して頂きました。小論文が得意ではなかった私にとってこの準備は容易ではありませんでしたが、何度も繰り返し書く事でパターンを掴み、少しずつ時間内に書き上げる事が出来るようになりました。この対策のお陰で受験本番では時間内に落ち着いて解く事が出来、悔いを残さず終える事が出来ました。


 今振り返ってみると、私がこの大学を受験する事を決めてから本番まで、自分の思った通りに行かなかった事も多くありましたが、そんな時私の周りにはいつも励ましてくれる友達、熱心に指導して下さる先生方、そしてそっと見守ってくれている家族がいました。普段の生活ではあまり意識する事はありませんでしたが、改めてこの時自分は一人ではなく、多くの人に支えられているのだと感じ、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。


 活水で過ごしたこの六年間を通して今、私に言える事はどんな時も目標を持つという事です。その目標は、小さな事であっても、近い目標であっても、こんな人になりたいという憧れでもいいのです。とにかく持ち続ける事です。自分の中に目標があると何事も諦めずに取り組む事が出来ると、身をもって知る事が出来ました。そして、それさえ持つ事が出来たなら、きっとどんな進路先でも前向きに頑張って行く事が出来るでしょう。後輩の皆さんには自分なりの目標を持ち、楽をせず、無理をせず、毎日の学校生活を送っていってほしいです。

         


【長崎大学教育学部学校教育教員養成課程 中学校教育コース英語専攻進学】

「あなたらしさ」   英語科 横尾莉加   2010年度卒
 試験前日、面接のため3年間の活動を振り返りながら、私は懐かしい気持ちで一杯でした。コンテストの緊張感、友人との勉強会、先生方に頂いた言葉のどれもが、試験官の前で誇りをもって発表するに相応しい物でした。面接の経験だけですが、今日は私の受験談を書きたいと思います。


 私の経験上、受験に一番必要な事は「自分に興味を持つ」ことでした。試験官の先生方が面接で質問されることは、勉強や賞のことだけではありません。むしろ、私達の"自分らしさ"が審査されます。しかし、私は英語に興味はあっても、人一倍記憶力がよいわけでもなく、海外経験もありませんでした。それでも、"自分にしか出来ないこと"を探す中で、私は正面から自分と向き合った気がしました。


 最初から何でも出来る人はいません。私の出発点は、良い天の邪鬼になる事からでした。ディベートやディスカッションのクラスでは、相手の主張のほうが社会的に正論であっても、必ず少数派にまわるのです。そして、絶対に一度は授業中に発表をします。そんな事を続けるうちに、より主張を明確にするための語彙や文法、相手の主張を読み解く力が身につきました。


 次のステップとして、私は対外活動に参加しました。英検・TOEICは勿論、スピーチ大会では授業での経験を生かし、障害児教育や食育など、あまり他では取り上げられない話題を選びました。また、趣味を生かし、図書部委員長としてライブラリーフェスティバル・広報誌部門に作品を出品しました。 


 ようやく受験が目前となり、面接指導が始まりました。私を担当して下さった先生と毎日、速読演習(普段の授業でも3年間続けていました)・英語と日本語の質疑応答を行いました。また、それに加えてほぼ毎日図書館で、新聞を3紙読みました。大学に関する記事を探すためでもありましたが、それよりも、教育学部に進むには、日本内外に目を向け、自分の考えを持つ事が必要だと感じたからです。ですから、家では試験官を前にした気持ちで、第一面の記事への自分の意見を英語で伝える練習もしていました。


 そして今、英語教員への夢へと一歩踏み出した私から、最後に皆さんに伝えたいことがあります。何事も試練ではなくチャンスだと思って、挑戦してみることです。どんどん新しいことを吸収し、自分らしさを磨いて下さい。それは、誰にも真似できない、素晴らしい財産になるはずです。そして、きっとそれがあなたを合格に導いてくれるはずです。

                 


【上智大学文学部国文学科進学】

「自分のレベル以上」  英語科  林田 華苗   2010年度卒
  私は上智大学文学部国文学科に公募推薦で合格しました。
 高校では英語科に所属していたのに、どうして英語ではなく国文学科に進学するのか、とよく質問されます。私も入学当初は大学でも英語を、もしくは他の外国語を専攻するつもりでした。しかし、進路を決める時期になり、私は段々と国文学を学びたいという気持ちを抱くようになりました。もともと本を読むことが好きで、国語が得意だったことや日本文化に興味を持っていたこともあり、もっと国語や日本文化を学んでみたいと思うようになりました。その反面で、もし国文学科に進学したら今まで自分が高校生活で培ってきた英語力を無駄にしてしまうのではないか、という思いもありました。その時に担任の先生が薦めてくださったのが上智大学でした。上智大学には修学旅行の時に一度訪れたことがあり、「楽しそうな大学」というイメージを持っていました。上智大学について調べてみると、英語の授業はクラス分けテストによって決められることがわかりました。この大学ならば自分のレベルに合った英語の授業を履修することができる、そして自分が興味を持っている日本文化について国際化を通して学ぶことができるという思いから、上智大学を志望することに決めました。


 いざ国文学科を受験しようと決めたものの、私には1つ不安な事がありました。それは古文です。上智大学の公募推薦では、面接と学科ごとの試験があります。国文学科では小論文と古文・漢文の読解問題があります。古文がそれ程得意でなかった私は古文単語をひたすら覚え、古文の教科書を自分で訳するという勉強をしました。勉強では基礎を学ぶことが大切です。そのおかげで本番ではしっかりと古文を読解することができました。


 そしてもうひとつ大変だったのが課題レポートの作成です。願書と共に学科ごとにレポートを提出しなくてはいけませんでした。国文学科の課題は「古典文学作品(漢文学も可)と近代文学作品を読み、自分が感じたことをそれぞれ原稿用紙5枚以上にまとめよ。」というものでした。今まで5枚もの感想文を書いた事がない上にどの本を読めばいいのかもさっぱり分かりませんでした。困った私が国語科の先生に相談すると、真剣に考えてくださり、たくさんの参考資料を貸してくださいました。しかし、課題を仕上げる事は容易ではありませんでした。古文作品では「枕草子」を読みましたが、読むことだけでも時間を費やしました。また、枕草子と清少納言の基礎知識を勉強し、膨大な章段から枕草子の特徴を掴んでいきました。近代作品の「祭りの場」では、初めに書いた作文は全て書き直しになり、もう一度書き直さなくてはいけませんでした。そうやって提出期限まで何回もの添削を重ね、無事に完成させることができました。毎日机に向かい努力して書き上げ、十分に自分の力を出し切る事ができました。このことは私にとって大きな糧となったと思います。


 これから受験を経験する後輩の皆さん、私が皆さんに伝えたいことは、挑戦する気持ちを忘れないということです。私は今回の受験で自分のレベル以上の上智大学を受験しました。受験日が近づいてくるにつれて、やっぱり自分には難しすぎるのではないだろうか、落ちるのではないか、という気持ちは強くなりました。その弱気は、今まで自分のレベルを超える何かに挑戦した経験がないことから来ていました。しかし、自分のレベル以上の大学を受験しなかったならば、私は受験において一生懸命な努力をしなかったと思います。今まで私は、このくらいやっておけばいいや、という気持ちで勉強をしていました。今回のレポート課題を始めとする数々の受験における難題は、私に努力の大切さを気づかせ、そして受験に合格したことは、自分の力への自信となりました。これから私は自分よりもレベルの高い人々の中に入っていくことになります。それは毎日が挑戦だということです。きっとこの挑戦はわたしをまた大きくしてくれると思います。皆さんも、自分の現状に甘んじずに、挑戦してみてください。きっと多くの新たな事に気づけると思います。
          

 
 
【長崎県立大学看護栄養学部栄養健康学科進学】
「受験を通して」  国公立コース 錦戸 利絵   


  合格発表の日、自分の受験番号を見つけた時は、本当に驚きました。センター試験の自己採点の判定はとても合格できるような判定ではなく、二次試験も手応えがないままに終わってしまったからです。判定を見た時は、他の学部を受験しようかとすごく悩みました。じっくり考えて、それでも受験校を変えなかったのは、この学部学科を選ぶ際、沢山の人にお世話になったことを思い出したからです。


 私は高Vの秋までずっと、看護師になろうと思っていました。というのは、将来の夢がないというわけではありませんでしたが、"ここに行きたい"という学部学科は、長崎県内の国公立大学にはなく、諦めざるを得ないことはわかっていました。その他には、特にこれと言って学びたいこともなかったので、何となく将来安定と言われている看護師を見据えていたのかもしれません。


しかしある時、ふと自分は看護師には向いていないのではないかと思いました。その時、センター試験まで残り三ヶ月程だったので、志望校をまた一から選び直すのは少し抵抗がありましたが、学校の先生や塾の先生、友達にも相談して、いろいろな意見を聞きました。自分がやりたいことは何なのか分からないまま、それでもどこを受けるか早く決めなくてはという気持ちの焦りもあって、受験をやめたいと思ったりもしましたが、この時初めて自分の進路をちゃんと考えたと思います。


そうやって多くの人に支えられながら、ようやく決まった第一志望校だったので、最後まで頑張ろうと思いました。ですから、センター試験の自己採点の判定が出て、それでもここを受けようと決めた時、少し不安そうな表情をしながらも背中を押して下さった先生方にすごく感謝しています。


この一年間の中で一番よく勉強したのは、センター試験から前期試験までの間だと思います。同時に不安で頭がいっぱいになったのもこの時期でした。不安に押し潰されないように、目の前の問題を黙々と解いていきました。それでも負けそうになった時は、友達からもらったお守りやカードなどが、とても励みになっていました。
受験を通して、多くの人に支えられていることを実感しました。本当に感謝しています。

 
 
【長崎県立大学経済学部地域政策学科進学】

 「最後の最後まで」  国公立コース  潮田 萌子  2010年度卒

この度、長崎県立大学に合格することができました。私は、高Vの夏になるまでは志望学部も決められず、ただ漠然と"自宅から通える国公立大学"を受験するとしか考えていませんでした。この大学を受験すると決めた理由も、前期日程は判定の厳しいところに挑戦するので後期日程は判定が良く、二次試験が自分の得意とする数学で受けられる県内の大学だったからです。初めて県立大を意識したのは、前期日程終了後でした。「できなかった」という手ごたえがあったので後期に向けて対策をしなければ、と思ったのが始まりです。最初の3日間は、「行きたい」という思いのない大学への勉強だったので辛かったです。周囲の受験の終わった友達が遊ぶ中での勉強はとてもきついです。前期日程が終了し、区切りがついてしまったのも原因でした。あまり集中できないことが焦りとなり不安に変わりストレスになりました。


しかし、そんな中、最後まで頑張れたのも友達のおかげでした。自宅学習期間中は、生活のリズムを維持することを第一とし、同じく後期まで 頑張る友達と一緒に土曜日も含めて毎日登校し続けました。学校の中では普段通りに、休み時間や昼休みには談笑するなど息抜きも大切にしました。二次試験の対策としては、県立大は赤本がないため、HPや進路室などの過去問を入手できる分は最低でも2回ずつすべて解きました。解答がなかったため、学校と塾をフルに活用しました。数学はパターンの問題なので、できるだけ多くの問題に触れ、試験本番で初めてみる問題がないようにすることが大切です。UBは、特に微積・数列・ベクトルは必ず出題されるので特に力を入れて勉強しました。また、時間をはかり問題を解くペースを速めること、特に自分はどこで時間を無駄に使ってしまうかなど、自己分析を行うことが大切だと思います。登校すれば、先生方が親切に丁寧に教えて下さるので、是非活用することをお勧めします。


最後に、後輩のみなさんには是非最後まで頑張ってほしいと思います。前期がダメでもまだ後期があります。諦めないでください。最後の踏ん張りは受験生の気持ちが重要だと思います。また、二次の傾斜配点などを気にするのも大切ですが、センター試験でいかに点数を稼いでおくか、ということも重要です。 そして、進路が先に決まった人は、優しく見守ってあげてほしいです。受験生は周りのサポートがあってこそ、踏ん張れます。協力してあげてください。
    


【西南学院大学法学部法律学科進学】

「物事を考える力」   国公立コ−ス  山口ゆら 2010年度卒                
  私は、西南学院大学法学部を公募推薦で受験しました。
 私が西南を受験しようと決めたのは、夏休みの終わり頃です。私はT年生の時、普通コースでしたが、U年生からは国公立コースで過ごしました。転コースしようと思ったのは、高校に入学した当初から「国公立の大学に行きたい」という思いがあったからです。それで西南を受験しようかと思い始めた 時は、せっかく国公立コースに入って今まで頑張ってきたのだし、やはり国公立大を受ける方が良いのではないか…と悩んだりもしました。ですが夏休みの終わりにオープンキャンパスに行ったことで、「西南でぜひ学びたい!!」と強く思うようになりました。それに、私が受験した西南学院大学法学部の公募推薦では、推薦基準である履修科目の中に国公立コースでしか履修できなかった科目があり、自分が国公立コースで頑張ってきたことも無駄にはならないと思い、受験することを決めました。


受験には小論文が必要だったので、二学期からは小論指導を受けました。今までにも小論模試は受けていましたが、受験で小論文を使わないつもりだったので、あまり本気で受けてはいませんでした。それで最初は何を書いたらいいのか分からず、一つ書き上げるのにものすごく時間がかかっていました。法学部の小論文は時事問題も多く、様々な社会現象を法律と絡めて出題されるので、知識がないと書けないものがたくさんありました。それで知識を増やすために、熱心に新聞を読んだり、ニュース番組を見たりするようにしました。また、分からない言葉などは先生に聞いたり、図書室を利用して調べたりしました。そして、ある一つの問題についてどう思うかを、先生や友達とディスカッションしたりしました。こうしていくうちに最初はなかなか書けなかった小論文も、だんだんと書けるようになってきました。先生や友達と一つの事柄について話すのも楽しく、面白くなってきました。


小論文をやってよかったなと思うことは、しっかりと自分の意見が持てるようになったことです。様々な捉え方、考え方があることを知った上で、「だから自分はどう考えるのか」ということが大切になってくると思います。小論文で身につけた力は、ある意味で一つの科目より、ずっと長い間役に立つものだと思います。これを自分の大学生活でも、またその先でも活かしていきたいです。推薦試験は特に、周りの人の支えによるものが大きいと思います。関わってくださった先生方、応援してくれた友達や家族にもとても感謝しています。


 
 
 
 
 
【長崎大学医学部保健学科看護学専攻進学】

「受験を楽しむ」 普通コース 桃下有沙 2010年度卒
 合格と知ったときは本当に夢のようでした。 指導して下さった先生方、支えてくれた友人に心から感謝しています。

 私は高T年の時から卓球部に所属していました。毎日の練習が終わり、家に着く頃には、くたくたに疲れていました。しかし、私は文武両道を目標にしていたので、家に帰ってからは、復習や小テストの勉強を怠ることなく行いました。また、私はボランティア活動にも積極的に参加しました。努力の甲斐があり、憧れであった第一志望校の推薦に必要な評定を得ることができました。私は志望校を確定したと確信したのですが、夏休みに先生から「合格する確率は極めて低い」とはっきり言われてしまい、志望校を変えた方がいいのかと毎晩悩みました。そのとき、担当の先生の一言が、第一志望を受ける決心をさせてくれました。「どこの学校を受けても合格するかどうかは合格と不合格の2分の1の確率。」その一言は、合格する確率ばかり気にしていた私に大きな衝撃を与えました。そして、たとえ合格する確率が低くても挑戦しようという気持ちに変わったのです。  


 私は文章を書くことが苦手なので、志望理由書を早めに書き始めようと夏から先生に添削していただいたものの、10月までかかってしまいました。しかし、さらに私が苦労したのは小論文です。受験の2ヶ月前からほぼ毎日書きましたが、先ほど述べたように私は書くことが苦手なので、毎回すべて削除するような悲惨な内容でした。回数を重ねても全く成長がみられず、何度も逃げ出したくなりました。そんな時、頑張ることができたのは、同じ境遇の友人と励まし合えたからです。また、受験を終えた友人が嫌な顔もせず、放課後のグループ討論の練習に付き合ってくれました。私は、受験を通して友人の優しさに何度も救われました。


 受験の前日は、上手く書けない小論文やアピールしようとしても片言になってしまう面接に対して不安になり、受験をすることが怖くなりました。その時に私が考えたことは、せっかくなら怖がらずに受験を「楽しもう」ということです。大学側は私が17年過ごしてきた人間性を、たった800字の小論文と30分の面接などでしか知ることができません。それならば、受験を楽しみ、ありのままの自分を知ってもらいたいと感じました。このように考えたお陰で、本番では、小論文は今までで一番の出来に仕上がり、休み時間は他の受験者とたくさん会話をし、面接では落ちついて話すことができました。すると、受験が終わった後に「楽しかったな」と感じられました。


 これから受験を迎える皆さん。受験を迎える上で、つらいと感じることは幾度となくあると思います。しかし、そのときに自分の周りには支えてくれる友人や先生方がいることを忘れないでください。そして、受験を精一杯「楽しんで」ください。


【長崎県立大学経済学部流通・経営学科進学】

Lord won't answer me I won't let it bring me down  

                       普通コース  西村 望 2010年度卒
推薦試験合格発表の日、合格者リストに自分の受験番号が載っていないのを確認した瞬間、ああ!もう大学行けないな、と正直そう思いました。私は県内の国公立大学しか進学を許してもらえず、しかし、普通科で塾にも通っていない、おまけに参考書すらろくに持っていない私がセンター試験を利用して国公立大学に合格するとは、到底思えなかったからです。だから、一般入試の合格発表で自分の受験番号を発見したときは、本当に嬉しくて嬉しくて、たまりませんでした。 


勿論合格までの間には、苦しいことや辛いことも沢山ありました。先に書いたように、私は県内の国公立大学しか進学を許してもらえなかったので、進路を変更せざるをえないことが度々あり、その度に私は誰のために大学に行くのだろうかと悩み、そのことで泣き腫らした日も決して少なくはありません。また、すでに合格した友人や続々と合格していくクラスメイトが、大学生活のことを楽しそうに話す姿を見るのが何より羨ましくて、同時に心の底から彼女らを祝福しきれない自分自身に嫌気がさしました。特に勉強面での、成績が思うように上がらないことや、十分な学習環境が整っていないことからくるストレスや不安は半端なものではありませんでした。
けれど、それでもがんばれたのは、やはり友人たちと一緒に大学生になるという夢を諦めたくなかったからだと思います。


大学受験を控えているみなさん、合格までには大変なことがいくつもあります。しかし、合格の秘訣は、何があっても決して諦めたり投げ出したりせず、転んだままの状態でいないことです。私は辛ければ辛いときほど、人の倍、あるいは倍以上がんばるように努めました。何故なら誰よりも勉強している、がんばっているという自信が、だから合格できる!という自信にも繋がって、辛さを和らげてくれたからです。放課後遅くまで進路指導室で一人勉強することはとっても苦しかったですが、同時にこんなに苦しんでるんだから絶対に合格してやる!という気概を持てるようにもなりました。


"神様は返事しちゃくれないけど、だからって落ち込みやしない"これは題名の和訳で、辛いとき私を励ましてくれた歌の歌詞です。これから何度も壁にぶつかると思います。そのときは考えてみてください。自分が感じている不安は、決して自分だけが感じている不安じゃなく、自分を支えてくれている周りの人も同じように感じている不安であり、自分以上にしっかりとしていられる人は自分以外にいないのだから、自分が一番しっかりしていなければいけないということを。先に対する不安は、悔いのない今日を毎日着実に歩むことで消えていきます。だから後悔のないよう、来年の春に向けてがんばってください!


最後に、受験への不安でぐちゃぐちゃでどうしようもなかった私に、最後までがんばろうと励まし、見守ってくださった多くの先生方、本当にありがとうございました。


【長崎市医師会看護専門学校 第1看護学科進学】

「推薦・准看・高看」    普通コース  囲 沙世華 2010年度卒
 私は中学生の頃から看護師を目指していたので、進路をどうするかあまり悩みませんでした。ただ長崎市医師会か活水女子大学に行くかで迷っていました。T年生の時に進路相談をして、どちらにするか決める前に、成績を上げるように言われました。それで、私は今まで以上に勉強に一生懸命取り組みました。その甲斐があってT年生からU年生にかけて評定を上げることができ、V年生では、それ以上上げることはできませんでしたが、その成績を保つことができました。その頃には親と相談をして長崎市医師会を受けると決めていたので、推薦を頂き、試験に向けて勉強をしました。


私が受験に向けて勉強を集中的に始めたのが夏休みからでした。小論文は、初めて書くのでうまく書けるか不安でしたが、先生がわかりやすく教えて下さったので、だんだん書けるようになってきました。それに長崎市医師会の過去の小論文を持ってきて下さって、どういう勉強をしたらいいのかなども教えてもらいました。それを参考にして小論文を書いたり、医療用語を調べたり、本を読んだりしてきました。英語は私が一番苦手な教科だったので、推薦に落ちた時のための勉強もしていました。


受験が近づくと、同じ学校を受ける仲間で集団面接の練習もしました。集団面接で、他の人が自分よりいいことや、同じことを言ったらどうしようなどと不安に思いました。しかし、練習を続けていくうちに、自分が思っていることを素直にそのまま話すことが大事だと分かったので、前ほど不安に感じることはなくなりました。このような練習を行ってきたのですが、残念ながら合格することはできませんでした。とても悔しい思いをしたので、次は絶対受かってみせるという気持ちが高まりました。受験を終えた今では、落ちたこともいい経験だったのではないかと思います。


次は准看護科の一般試験の勉強に取り組みました。数学は得意科目だったのでもう一度中学の時に習った問題を一通り解き、わからない所があったらそこを集中的にやるという勉強法をしてきました。国語は過去問をひたすら解きました。二学期末からは、必要な授業だけを受け、それ以外は進路室や図書室で自習をしてきました。とても静かで集中して学習することができ、無事准看護科に合格することができました。准看護科を受けるまでは「絶対に落ちてはいけない」とプレッシャーを感じていて、とても怖かったのですが、仲間同士の励まし合いや先生たちの支えがあったので乗り越えることができました。


しかし、そこで終わりではなかったので、二週間後の第1看護科の試験に向けて勉強を続けました。次は英語と小論文も加わるので准看のときよりも大変でした。最初の一週間は准看のときと同じ勉強法で、残りの一週間は過去問を解き、小論文・面接の練習を行ってきました。本番ではもう三度目の受験だったことと、准看護科に受かっているという安心感もあったので、落ち着いて受験することができました。そして無事に第一看護科に合格できたので、本当に嬉しかったです。


私がここまでがんばれたのは仲間や先生たち、家族の支えがあったからです。先生たちは何度も相談に乗ってくださり、みんなが不安に思っているときなどは、背中を押して励まして下さいました。そのおかげで悔いを残すことなく、思い切って受験することができたので、先生たちには本当に感謝しています。


私は、この受験を通して改めて仲間の大切さを学ぶことができました。みんなが次々に進学先が決まっていく中で、自分だけ決まっていないのは本当に辛かったのですが、同じ仲間同士で励まし支え合うことで、乗り越えることができたと思います。それにみんながこの学校に受かりたいと思う気持ちが強かったので、最後までがんばることができました。このがんばりが結果につながったと思います。